今年は作曲家ロベルト・シューマンの生誕200周年にあたります。なんと、ショパンは彼と同じ年に生まれていて、今年はショパンの生誕200周年でもあります。おそらく、シューマンよりもショパンの方が馴染み深いかもしれません。今年はショパンで多くのコンサートが開かれることでしょう。シューマンはショパンの影に隠れて、今年はあまり脚光を浴びないかもしれません。なぜ、シューマンはそれほど注目されないのでしょうか。
ご存じの方もいるかと思いますが、シューマンは晩年ライン川に身を投げて、自殺未遂事件を引き起こしました。奇跡的に助けられ、その後2年間はボンにあるサナトリウムで2年間過ごし、1855年に息を引き取りました。この事実をもって彼は「狂人」の汚名を着せられ、多くの人が彼の音楽自体も「狂人の作った作品」として捉えるようになりました。なぜ自殺未遂を起こしてしまったのかは今でも謎に包まれています。ですが、果たして彼は本当に狂人だったのでしょうか。
現代のクラシック界でも、このことにより多くの人が「シューマン=狂人」というレッテルを貼っているように思います。私にとっては、それは少し違うようにも思います。彼の初期の歌曲などは非常に傑作が多く、ドイツの森の情景を思わせるような素晴らしいものばかりです。これらの音楽が狂人の音楽ならば、音楽とは一体何なのでしょうか。
自殺未遂にいたった理由には諸説があります。ある説では、彼が梅毒にかかっていたという説。もう1つは、彼の妻クララとブラームスの仲が急速に親密になっていき、それに我慢ができなくなったという説。私は後者の方に理があるような気がします。狂人と思われていたシューマンが、サナトリウムでは友人たちに明朗快活に話していたという報告もあります。
彼は初期のロマン主義を代表する作曲家です。そもそも、このロマン主義自体を少し批判的に捉える人がいました。作家のゲーテがその代表格です。ゲーテはロマン主義を「弱々しい」「病的な」ものだと評価していました。ですが、この批判は主に絵画やその美学、文学に向けられており、音楽自体にはそれほどには向けられていません。ゲーテはいわゆる「目の人」であり、視覚的なものに対する批評を主にしていたと思われます。
また、ゲーテ自身は非常にバランス感覚のある人間で、その評価は常にアンビバレントなものであり、逆にその評価をどのように捉えるのかについては注意が必要です。ゲーテ自身が作り出した「ヴェルテル」や「ヴィルヘルムマイスター」の中の「ミニョン」、「竪琴弾き」といった存在は、非常にロマン派を感じさせるものが多く、彼のこの評価だけでロマン主義を一刀両断するのは間違いであると思われます。
この「ロマン主義と自殺未遂=狂人シューマン」といった簡単な図式が、教育などを経て、知らず知らずのうちに人々の間にすり込まれていったと思われます。シューマンの歌曲は非常に繊細なもので、また、室内楽(例えば「ピアノ五重奏曲」や「ピアノ四重奏曲」)は非常に情熱的で、歯切れが良く、格好いいものがあります。彼の交響曲はブラームスなどと比べると、ダイナミズムに欠けるかも知れませんが、シューマンの特長が良く現れているものだとも思います。
晩年のピアノ三重奏曲、ヴァイオリンソナタ、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲は、暗く沈んだものがありますが、それと同時に深い愛情が秘められたものがあります。おそらく、シューマンを批判する人々はこの晩年の曲を批判の対象にしているのでしょう。ですが、これらの晩年の作品は、ベートーヴェンの晩年の転回と同じような芸術家の転回だと捉えるべきでしょう。今までの自分の作曲スタイルからの脱却と自身の独自性の追求が彼の晩年を突き動かしていたのでしょう。
最後にシューマン作曲、ヨアヒム編曲の夕べの歌(Abendlied)を、スティーヴン・イッサーリスの演奏で聴いてみてください。彼の曲がいかに深く沈潜し、孤独の中に愛情がこもっているかが分かるでしょう。
これを機に、シューマンを再評価して、ショパンだけではなく、彼の音楽を聴いてみてはいかがでしょうか。
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