シューマン生誕200周年記念!その2

Robert Schumann今回もこの点について少し書いてみようと思います。前回は、シューマンがいかに偏見にさらされてきたかをみて、その擁護をしてみました。今回は彼の歌曲について、さらにはロマン主義についてちょっと書いてみたいと思います。これにより、今年はショパンだけでなく、シューマンにもスポットを当てていただけばと思います。彼の音楽の純粋さを体感してみてください!単なる過去の遺産ではなく、普遍性を見出すことができるでしょう。
シューマンの作曲の傾向として、一度1つのことを熱中しはじめるとそれに夢中になってしまうという特徴があります。ある時はピアノの作曲に熱中し、数多くの曲を書き、またある時は歌曲に熱中し、またある時は室内楽に熱中する。こうした作曲の”クセ”の時期に合わせて、専門家は彼の作曲時期を「歌の年」、「交響曲の年」、「室内楽の年」と分類することもあります。

さて、この「歌の年」は初期の作曲時期にあたり、この時期に彼は歌曲を100曲以上も書いています(生涯の中では300曲にものぼる歌曲を作曲しています!)。このような豊壌な生産力で、数多くの作品を生み出しているのですが、それぞれの曲のクオリティも素晴らしく、傑作ばかりです。彼は青年時代から文学に親しみ、一時期は作家になることを考えていたようですが、結局は音楽の道に進みます。彼の音楽家としてのモットーは文学でのロマン主義を音楽に移し替えることでした。そのため、当然のごとく、歌曲はこの青年時代の文学の影響が彼の歌曲に色濃く出ています。歌曲の詩として選ばれているのは同時代人のドイツロマン派の詩人などが多く、その中にはハイネ、アイヒェンドルフ、リュッケルトなどがいて、後期になると、ゲーテなどを取り上げるようになりました。

初期の歌曲の中で、私が特に好きなのはリュッケルトの詩による「献呈(Widmung)」です。今で言うところの、ラブソングといったところでしょうか。シューマンの妻、クララとの結婚式前日に彼女に捧げられました。これは歌曲ですが、歌詞なしでも聴けるメロディで、ピアノ伴奏つきで色々な楽器で聴いてもその魅力は失われません。同時代のリストはその曲をピアノ曲に編曲していたりもします。最近私はオーボエでこの曲を聴いたのですが、オーボエの内面的な性格が非常に表れていて本当に良い演奏でした。この「ミルテの花」の歌曲集の中で「きみは花のよう」は非常に有名です。

また、彼の歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」は代表的な傑作であり、その中の「美しい5月に」が特に有名な曲で、「私が君の目に見入れば」は人間の奥底からくるうち震える感情が表現されており、私の特に好きな曲です。アイヒェンドルフの詩による歌曲集「リーダークライス(Liederkreis)」では、「月夜」が非常に有名でお奨めです。その他、「間奏曲」(この曲の冒頭のフレーズはピアノ三重奏のテーマに使用されています)、「美しき他国」がお奨めです。さらにこのほかに、非常に牧歌的でドイツの心象風景を示すのが、「ぼくの馬車はゆっくりと」という曲です。これらの作品はどれも傑作で、クラシックの歌曲はどうも好きになれないという方も好きになるかもしれません(実際に全般的に私は歌曲はあまり好きではないのですが、シューマンの歌曲は例外で、特別な存在になっています)。

それでは、シューマンの音楽で実現されているロマン主義とはいかなるものでしょうか。当時のドイツのロマン主義(Romantik)は、現代的な意味合いでの「ロマンティック」とは異なり、憧憬(Sehnsucht)、孤独(Einsamkeit)といったキーワードにより表現されるような自然賛美、つまり誤解を恐れず簡単に一言でいえば、ドイツの森の中を一人散策し、自然へ共感する感情のようなものでした。現代での「ロマンティック」の意味はここからずれて、より狭義な意味合いに変容しており、こうした孤独や自然賛美といった意味合いは失われてきていると思います。

さて、時代が進み、シューマンの後期の音楽の頃になると、ワーグナーの音楽が台頭することにより、ニーチェが指摘したディオニソス的な陶酔が次第に音楽界を浸透し始めていました。モーツァルトやベートーヴェンの古典派の音楽がアポロン的な整然とした音楽とするならば、当初からこうしたアポロン的な、理性的な音楽から影響を受けていたシューマンの音楽は、次第にこうしたディオニソス的な音楽の影響を受け、変容するようになります。こうした影響が見られる歌曲として、後期に作曲されたレーナウの詩による歌曲が上げられると思います。

シューマンの後期の音楽には、何か不安を抱えたものが多くありますが、これはこうした音楽の勃興による影響が考えられるでしょう。ですが、シューマンにはアポロン的な整然性とディオニソス的な陶酔のバランスが取れています。完全にこうしたディオニソス的な陶酔の感情におぼれてしまうのではなく、そこに整然とした形式が存在する。そうしたものがシューマンの音楽であると考えてよいのではないでしょうか。ディオニソス的な陶酔を無意識の活動の所産(感性)として捉え、またアポロン的な精神を意識の所産(理性)として捉えることができるのであれば、当時のロマン主義の哲学者シェリングの提唱していた「芸術作品は意識と無意識の揺動による所産である」といった芸術観を端的に示していると言え、彼の音楽は真のロマン主義音楽の姿を示していたと言えるのではないでしょうか。

くどいようですが、前回お話ししたシューマンが狂人であるといった発想も人々の間に浸透しているのは、こうしたディオニソス的な陶酔、感情に拘泥するような不安感がシューマンの音楽に混在しているためだと言えるかもしれません。ですが、これは彼の音楽の一面でしかなく、彼の音楽の中にはその一方で、単純に感情には流されない形式が存在しています。何度も言うようですが、彼自身が狂ってしまったというよりは、時代精神がそうした動きになっていたということが言えるでしょう(もう一つ彼を擁護するのであれば、彼は梅毒にかかっていたという説もあります。前回の説を覆すようですが、この説が彼が死に至った理由として唯一有力で説得力のある説だと思います)。

先述したレーナウの詩による歌曲の中では、上述のバランスが見られます。この歌曲の中では、不安感の中にも、どこか楽観的な感覚があります。たとえば、「私のばら」は楽観的であるが、どこか不安なところが潜んでおり、また「レクイエム」は奥深くからの力強さにみなぎています。

今回はちょっと大風呂敷にロマン主義までつっこんだ形でシューマンの音楽について語ってみました。次回はシューマンの室内楽についてお話ししようかと思っています。これとは別のシューマンの顔が見られるのではないかと思います。


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